浅草について

浅草について

皆さま、こんにちは。花振袖の紬です。

いつも読んでくださっている方、初めて読んでくださるという方も、覗いてくださって、ありがとうございます。

今回は、私たちの活動の中心である”浅草”が国内外の方に注目され続ける理由を探ってみたいと思います。

『江戸三千両』

現在の日本橋辺りの魚市場を指す魚河岸


江戸歌舞伎の栄えた浅草・猿若


遊郭街の吉原


これらの地では、かつて江戸時代、1日に千両ずつ(現在では、なんと千両=1億円!)使われていたといいます。
全国から浅草寺にお参りに来る人々が、お参りを済ませた後は、お寿司やお蕎麦、天ぷらを食べたり、歌舞伎を観たりして江戸を楽しんでいったようです。


『履物の履きだおれ』

江戸時代は、現在のように電車や地下鉄もなかったので、遠くから徒歩で浅草寺へお参りに来る人がほとんどだったよう。
「観音様へお参りする前に、ボロボロになった履物を買い替えて、お参りに行こう!」という人も多く、その名残で、現在も浅草には履物屋さんが多いそうです。

京都は、「お着物の着だおれ」
大阪は、「食べ物の食いだおれ」
浅草は、「履物の履きだおれ」と京都、大阪に並んで言われていたみたいですね。


『時代を越えて』

また、浅草には、現在は形を変えてしまっているものもありますが、日本初のものがたくさんあります。
映画館、エレベーター、バー、そして、遊園地の浅草花やしき。
江戸時代、賑わいを見せた浅草寺周辺だからこそ、当時の最先端のものが作られ、さらに人気の街となっていったのではないかなと思います。




現在では、浅草の歴史ある街並みから見える東京スカイツリーが、変わらぬ日本文化の良さと進化し続ける技術や時代を感じさせてくれますよね。

このように、浅草は浅草寺を中心に栄えて来たのですね。
皆さんも、浅草寺でお参りをした後は、ぜひお寺の周りも楽しんで行かれてみてはいかがでしょうか。

お会いした時は、ぜひ、皆さんが見つけた浅草の好きなところをお聞かせくださいね!
お待ちしております!